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築120年超の伝統的建造物を外資系のライフスタイル・ブティックホテルへ。
ホテル中に散りばめたのは、長崎の魅力を再発見するさまざまな仕掛け。

2024年12月13日、ホテルインディゴ⻑崎グラバーストリートが開業。「時空を旅する和・華・蘭(わからん)ラビリンス」をコンセプトに、築120年超の伝統的建造物をリノベーションしてホテルへと再生させた。企画から竣工まで同プロジェクトに携わった秋月隼人に、コンストラクションマネジメント部の仕事と当プロジェクトのこだわり、地元長崎への思いを聞いた。


―翻訳者であり、アドバイザーであり、調整者。コンストラクションマネジメント(CM)部の仕事は、みんなの「いいもの」を具現化すること。

ホテルなどの商業施設開業に向けて、企画段階から竣工までの間、ハード面のコスト・スケジュール・品質管理などを支援するのがCM部の仕事です。

例えば、Aさんがマイホームを建てるとしたら、Aさんがいわゆる不動産デベロッパーの立場。ハウスメーカーや地元の工務店の方にお願いすれば、建築の知識がなかったとしても建物を建てることはできますが、Aさんが建てたい建物のイメージがうまく伝わらないことや、思った以上のコストがかかってしまう可能性もありますよね。

ここにCM部という建築やインテリアに詳しい人が両者の間に入ることで、設計会社や施工会社にAさんが建てたい家がどんなものなのか、どんな部屋でどんな壁紙を使うのか、うまく専門用語に変換してお伝えすることができます。Aさんの希望を考えながら、より適した内容やコストになるようアドバイスすることもできる。

ホテルを1棟建てる際には、ホテルの運営会社、建物管理担当、開発担当、場合によっては行政機関などさまざまなチームが携わっており、それぞれ必ずしも意見が一致しているわけではありません。そこで、CM部が間に入ることで全体の意見を調整・最適化して設計・施工会社の人に翻訳・橋渡しする役目を担っているんです。

―インテリア、建築、都市計画……。「空間づくり」は1つの視点だけでは成立しない。インテリア、建築、都市計画とさまざまな学びの結実が「いい空間」を生み出す。

長崎県に生まれ、高校1年生まで長崎で育ちました。歴史的な街並みと、鎖国時代に海外との交流を唯一許された港町として形成された、異文化が融合する独特の雰囲気が好きでしたね。長崎に住んでいた頃は水と緑が豊かな海浜公園である長崎水辺の森公園にもよく通っていました。

中学校に入るとファッション誌のインテリアムックを読み漁り、当時流行っていたミッドセンチュリーのインテリアにも興味を持つように。高校時代に上京し、外資系ホテルが再び注目されていた時期だったため、書店に足繁く通い、建築やインテリアを特集する雑誌で外資系ホテルの記事を熱心に読んでいました。大学では建築学科に進学。建築について学びを進めるうちに、「建物を建てる」ということは結局まちづくりを理解することが重要なのだと気づき、都市計画を学んだのち、長崎の旧市街地をテーマに卒業制作を手がけました。

インテリアから建築、そして都市計画まで幅広く学ぶ中で、空間づくりにはそれらすべての視点が欠かせないと実感するようになり、外資系ホテル事業にいち早く参入し、社内に建築部門を持つことでインテリアなどの細部までこだわることができる森トラストに魅力を感じ、入社を決めました。

―伝統的建造物に指定された修道院を外資系ホテルへ。何を保存して何を変えるのか。検討箇所は100カ所以上にのぼった。

入社間もなく長崎市の歴史情緒あふれる南山手エリアにある伝統的建造物「マリア園」をホテルにリノベーションするプロジェクトが始まり、物件取得前の企画段階からプロジェクトに参加することとなりました。「マリア園」は国選定重要伝統的建造物群保存地区の伝統的建造物であり、1898年に修道院として建設され、児童養護施設や幼稚園などとしても活用されてきた、地元の人々にとっても思い入れのある物件です。

伝統的建造物を残して活用していくとはどういうことなのか。学生時代は「古い建築物=いかに保存するか」という画一的な見方しかできませんでしたが、ホテルとして活用することを前提として考え直したとき、「残す」と言ってもさまざまな手法があり、博物館的な保存の仕方に留まらないことに気がつきました。

建物のどこに価値があるのか、どこを復原し、どの時代に合わせるのか。検討箇所は100カ所以上に上りました。

ホテルインディゴ長崎グラバーストリートの外観
ホテルインディゴ長崎グラバーストリートの外観

―2022年に西九州新幹線が開業したことで、長崎にとって数十年ぶりの大きな開発機会が到来。みんなにとっての平均点より、誰かにとっての120点であるホテルを目指したかった。

長崎は歴史と文化が息づく街で、ホテルのコンセプトを考えるうえで多様な可能性がありました。しかし、同時期に長崎駅の近くに開業する外資系ホテルとの差別化を意識し、外資系ホテルとして求められる水準は満たしつつ、誰にとっても平均点となる最大公約数的なホテルではなく、誰かにとっての120点となるようなホテルづくりがしたいと考えました。

今回のホテルは長崎市南山手町という、長崎駅から少し離れた歴史的なエリアに位置し、ホテルインディゴというライフスタイル・ブティックホテルブランドで展開されます。そこで、長崎を訪れる方々や地元の方々がこれまでとは違った視点で長崎の魅力を体験できるようなホテルにしたいと考えました。そのためにはやはり長崎の「和・華・蘭(わからん)」という日本・中国・オランダの文化をデザインに取り入れるのが面白いのではないかと考えたのです。

テラスの風景
テラスの風景

―コンセプトは「時空を旅する和・華・蘭ラビリンス」。こだわったのは、和・華・蘭文化を現代風にアレンジすることだった。

長崎独自の「和・華・蘭文化」を直接取り入れるのではなく、現代の様式として捉え直して新しくデザインしてほしい。デザイナーさんには最初にそのようにお伝えしました。

例えば長崎更紗(さらさ)のアートワークを壁に飾る、という直接的な表現ではなく、よく見ると床のモザイクタイルが長崎更紗をイメージしていることがわかり、ラグの形は出島を、廊下には長崎の路地に広がる石畳を取り入れ、各部屋の入口に設置されたルームサインは長崎で製造されたのが一番最初といわれる眼鏡から着想を得ている、といった具合です。ホテルに滞在しているだけで自然と長崎の街を探索しているような、そんな工夫を随所に施しました。

和・華・蘭は長崎県外の人にとっては物珍しいかもしれませんが、長崎の人にとっては見慣れたものです。そのまま表現してもつまらないのではないか―。地元の人たちが見慣れている和・華・蘭を新たな視点で見せてあげたい。地元出身ゆえの気づきだったかもしれません。

長崎更紗をイメージしたモザイクタイルや出島の海岸の形から着想を得たラグがあるロビー
長崎更紗をイメージしたモザイクタイルや出島の海岸の形から着想を得たラグがあるロビー
まるで長崎市の街を歩いているような石畳が描かれた客室までの廊下
まるで長崎市の街を歩いているような石畳が描かれた客室までの廊下
眼鏡から着想を得たルームサイン
眼鏡から着想を得たルームサイン
ゲストルーム(プレミアムツイン本館)
ゲストルーム(プレミアムツイン本館)

―工事中レンガの壁と鉄骨だけが残った状態になった時に、この建物が持っている歴史的情緒を感じた。

マリア園は築120年以上のレンガ造の建物です。外観は残したまま、内部は耐震補強を行うなど、外資系ホテルらしい性能を備えていくという基本方針で計画が進められていきました。

外観を保存するため、数十種類ある木製の窓を一つひとつ確認し、現代の性能を満たしながら保存・復原していき、どれであったらそのまま保存できそうか、一部を移設したら保存できるのか、検討していくのに時間を要しました。また、3階建ての物件なのですが、窓の位置や屋根の勾配に合わせてほぼすべての客室で形が異なるため、30以上の客室プランも考えなければいけなかったのも大変だった部分です。ステンドグラスが美しい聖堂エリアは、レストランとして残すことが決まりました。

忘れられないのが工事中にレンガの壁だけになった時の光景。通常の下から積み上げてつくっていく建築現場と異なり、外観を保存することが決まっていたので、一度レンガの壁と鉄骨だけの状態になるんです。それが遺産の廃墟のようで美しく、見入ってしまったことをよく覚えています。

かつて聖堂だった空間はレストランへリニューアル
かつて聖堂だった空間はレストランへリニューアル

―ステンドグラスの光が映える食器の色、出島の護岸に使われた石を使ったサインボード。施工終盤までみんなで考え、細部にこだわり抜いた。

レストランとして使われる聖堂は、内部も保存・復原することが決まっていましたが、細部のインテリアデザインの方針がなかなか決まりませんでした。ところが施工終盤に工事の足場が取れ始めると、朝、聖堂内部にステンドグラスの美しい光が差し込んでくることに気付いたんです。そこで、この光を最大限活かす白色を基調とするテーブルや食器にすることが決まりました。

ステンドグラスの色が映える食器やテーブル、床
ステンドグラスの色が映える食器やテーブル、床

玄関に佇むホテル名称サインも施工終盤に決まったものの一つです。長崎には諫早(いさはや)市周辺で採掘される「諫早石(いさはやいし)」という砂岩があるのですが、この石は出島の護岸に使われていることでも知られています。そこで、ホテル名称サインに諫早石を使うことを提案しました。

二つの諫早石を使用したので、石の形状が不整形で調整に苦労しましたが、長崎の歴史を支えてきたともいえるこの石を使うのがふさわしいだろうと考え、完成させました。

諫早石を使用したホテル名称サイン
諫早石を使用したホテル名称サイン

―今後も長く生き残ることが宿命づけられた建物・マリア園。伝統的建造物としての「保存」だけでなく、「活用」の考え方そのものも進化・拡張させながら、これからも末永く携わっていきたい。

当社ではいくつもの開業プロジェクトが動いていますが、自分が実際に竣工まで携わることができるプロジェクトには限りがあります。伝統的建造物であるマリア園は今後も数百年後の未来も生き残っていくことが宿命づけられた建物。

ホテルは、歴史も含めた特定の世界観を凝縮し、ライフスタイル像をつくっていくものだと思っています。旅行客を主軸にした観光業を中心としながらも、今後は在宅ワーク利用やホテルコンドミニアムなど、より用途の境界が曖昧になり拡大していく可能性もある。ホテル活用の考え方そのものも拡張させながら、20年、30年先もこの建物の改修に携わっていきたいと考えています。


Profile
秋月隼人(あきづき・はやと)
長崎県生まれ。大学で建築学科に進み、研究室では都市計画を専攻。長崎の旧市街地の歴史をテーマした卒業設計を手掛けた。2015年に森トラスト入社。2016年に不動産開発本部コンストラクションマネジメント部に異動し、2017年より2024年の竣工まで長崎プロジェクトの主担当となる。プライベートでは海外旅行を楽しんでおり、これまでに30カ国を訪れている。

秋月隼人(あきづき・はやと)