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北町奉行所跡に建つ、東京のいちばんいい場所に、いちばんいいビルを作る
ワクワク感を信じて突き進んだ道

東京駅日本橋口に位置する丸の内トラストタワーの開発に先立ち実施された発掘調査では、幕末の北町奉行所の遺跡や上水路などの文化財が多数発掘され、話題を集めた。当時、同プロジェクトの現場管理を担当した不動産開発本部コンストラクションマネジメント(CM)部の富岡(とみおか)さんに、発掘と開発を両立させた挑戦の日々や、東京の街づくりに情熱を注ぎ続けた30余年の歩み、その先に見据える未来について話を聞いた。

―丸の内トラストタワーの建築に先駆けて実施された発掘調査では、北町奉行所の遺跡や大名屋敷・上水跡など、さまざまな歴史的発見がなされた。

富岡さん:1998年、国鉄清算事業団が所有していた1万2000㎡超の土地を森ビル開発(現・森トラスト)が取得しました。それまでは港区中心の開発でしたが、東京駅前の立地で、規模の大きな案件だったということもあり、当時社内は大変なお祭り騒ぎでした。

丸の内トラストタワーN館・本館外観

このエリアにはかつて江戸城の外堀が開削されており(現在の外堀通り)、外堀の外側が町人街(現在の中央区)、内側には武家屋敷が連なっていました。その一角、現在の呉服橋御門内に江戸の街の行政・司法を担当する北町奉行所が置かれていたのです(現在の東京駅日本橋口周辺)。「遠山の金さん」でお馴染みの北町奉行所は幕末の貴重な遺構に当たるとして東京都の旧跡に指定されています。

プロジェクトに携わった当時、私は入社8年目で、社内の設計部門(現CM部)として建築物を完成させるためのさまざまな手続きや調整事項を担当していました。東京駅前の広大な土地で遺跡の発掘調査をすること自体、「こんなことに携われる機会はそうそうない」という喜びがありましたし、本格的な発掘調査が始まり埋蔵物について報告を受けるたびに、「次はどんなものが出てくるんだろう」とワクワクが止まりませんでした。

特に驚いたのは上水路。玉川上水から地下で街に上水を導くための木製の管の遺構が全面的に出ており、町中に上水路を張り巡らせていたことに「江戸時代初期にそんなことを成し得ることができたのか」と技術力の高さに驚きましたね。他にも茶碗など生活を垣間見ることのできる埋蔵物が発掘されたり、禁教になる前のキリスト教徒の装飾品や土葬跡などが発掘されたりして驚きました。

発掘時の画像(上水の分岐)

北町奉行所の遺構としては、道路と屋敷を隔てる石組みの外構(下水構)と上水木樋(じょうすいもくひ:上水道を通すために地下に埋設された木製の水道管)、井戸などが発見されています。この遺跡群は古地図と完全に一致し、江戸時代から東京の街並みの外郭が大きく変わっていないことを裏付けています。北町奉行所の外構の角には、鬼門の方角(北東)を守るための角を落とした特殊な面取り石を使っており、当時の発掘の写真とその石組みは、現在の丸の内トラストタワーの東側歩道に復元・移築されています。

丸の内トラストタワー東側歩道内にある北町奉行所跡地の石垣を説明する富岡さん

―プロジェクトの途中、都市再生特別地区(都心の再開発を促進するための特別な制度)の適用案件として設計の全面見直しも発生。提出するべき書類や資料についても手探りの中、手続きを進めていく必要があった。

富岡さん:これらの遺構の発掘は非常に興味深い出来事であった一方で、遺跡は古くは縄文時代から積層しているものでもありました。現場管理の立場としては、あくまで民間事業ですから、できるだけ合理的に最低限の期間とコストでプロジェクトを推進していく必要がありました。同時に、都市計画制度が変更されて都市再生特別地区ができたことで、この新制度を活用してより特区として都市への貢献を提案しながら事業性を高めるために、設計案を作り直すことになりました。

都市再生特別地区の初期段階での案件だったため、提出すべき書類や資料など参考になる知見がなく、手続きまわりには苦労しました。他にも埋蔵発掘調査に関する報告書の作成などさまざまな苦労がありましたが、結果的に東京のど真ん中の土地を多くの方々に対して最も有効な形で利用するには?ということを突き詰めて考えられた時間だったと思います。

―東京でいちばんのビルをつくる。ビジョンを持って、最後までこだわり抜いた。

富岡さん:こだわったのは、東京のいちばんいい場所でいちばんいいビルをつくること。当時は、フロアの中に柱があったり、1フロアが自由なレイアウトが難しい不整形な形状や奥行の不足しているオフィスビルも少なくありませんでした。しかし、せっかく東京の一等地にビルを建てるのであれば、利用者に長く快適に使い続けてもらえる理想のオフィスにしたい。そのためにはどのような空間が必要なのか、チームで徹底的に考えました。
そのため、フロア内の柱をなくし、広いフロアと十分な奥行と天井高を確保することにこだわりました。また、階段やトイレなどの共用部を集約して効率化し、このビルで働く方や、訪れる方がオフィスとして使う空間をできるだけ広く確保しました。

現在では一般的な考え方ですが、当時これだけの規模で大空間のオフィスを実現するのは非常にチャレンジングなことでした。限られた敷地の中で、さまざまな規制や技術的な課題を一つひとつ乗り越えながら、東京のいちばんいい場所にふさわしいビルを追求しました。

ラッキーだったのは自分が「ああしたい、こうしたい」とこだわりをぶつけるたびに、会社がその挑戦を任せてくれたことですね。利用者としては使いやすく、不動産デベロッパーとしてはきちんと収益性も確保できるオフィスを作るためにはどのようなビルにするべきなのか。常にその両立のための最適解を研究して、諦めずに実現できたことは非常に良かったと思います。

―丸の内トラストタワーでの経験は、他の旗艦ビルの設計にも生かされている。集大成として、本社ビル(神谷町トラストタワー)を手がけることもできた。

富岡さん:丸の内トラストタワー本館が竣工した2008年当時に「やりきった」という実感はありませんでしたが、さまざまな人の目につき、多くの人にご利用いただく中で、設計時に描いていた成功を感じとることができました。また、その後に携わった神谷町トラストタワーや赤坂トラストタワーはすべてこの丸の内トラストタワーの経験をベースに、時代にも合わせ進化させています。

特に当社の本社のある神谷町トラストタワーは卒業設計のつもりで取り組みましたし、やれることはほぼすべてやりきれたのではないかと感じています。

―東京の街に生まれ育ち、変化を見守ってきた。世界で最も優れた都市だと愛してやまない東京の都市計画に携われた半生は、幸福で幸運なものだった。

富岡さん:もともと石神井公園(東京都練馬区)の近くで生まれ育ち、以降もずっと東京に住み、学び、働いてきました。高校生の頃から都市としての東京の街に興味を持ち、街歩きもたくさんしました。海外もいろいろ見て回りましたが、やはり東京がいちばん魅力的でかつ優れた都市機能を持っていると考えています。

日本の首都圏は約3,700万人の世界最大の都市圏域。都市部にこれだけの機能的な鉄道網があり、東京、品川、渋谷、新宿、池袋といった主要な都市拠点がこれほど複合的かつ広範囲に構成されているのは世界に類を見ない東京の魅力です。

常にスクラップ&ビルドを繰り返しながら、建物自体、街自体が変化・発展していく姿を見ることが好きだった私は、その興味の赴くままに、大学では都市計画の研究室へ。森トラスト(当時森ビル)に入社したのは、まさに東京の街がどんどん発展していた1990年のバブル期です。以来、実際に東京都心の都市開発に携わり続けて30余年。高校生の頃から好きだったことに、未だにワクワクしながら取り組めていることは本当にラッキーで幸せなことだと思います。

―30年以上にわたり東京の都市開発に携わってきた。定年を迎える今、どのようなことを考えているか。

富岡さん:もうすぐ定年を迎えますが、正直なところキャリアが一区切りつくという感覚はありません。これまでと同じように、まだまだ面白いことや新しい挑戦を見つけていきたいと思っています。
これからは人生100年時代と言われています。一度定年を迎えたとしても、元気なうちは働き続ける人が増えていくでしょう。私自身も定年後は再雇用で引き続き森トラストに籍を置き、これまで培った経験や知見を活かしながら、新しい挑戦を続けていきたいと考えています。
その中で、自分がこれまで培ってきた知見や経験をどのように次の世代へ伝えていくのか。そして、自分自身もどのような形で価値を発揮し続けていけるのか。そんなことを考える機会が増えました。

ありがたいことに、部内では「AI富岡が欲しい」と言われたこともあります(笑)。それは、長年積み重ねてきた経験や判断を信頼してもらえているということだと思っています。これからももっとファンを増やしたいのですよ。だからこそ、これまでの開発経験や知識、考え方は会社の経営資源となるよう残していきたい。その一環として、今はデータとしてまとめる作業を進めています。定年のタイミングでは全く完成しそうにないので、これからも後輩たちと一緒に形にしていかなければなりませんね(笑)。

私は以前から「ワクワクは生存本能」だと思っています。自分のワクワクを信じて突き進んでいけば、最終的には個人の能力が最大限発揮され生産性も上がり、いちばんいい場所にたどり着くことができる。信じられる対象をいかに見つけることができるか。まずはそれを見つけるところから始めてほしいなと思っています。

Profile

富岡さん
東京都出身。その後も現在まで東京23区内で生活している。1990年に森ビルに入社。1993年より森トラスト不動産開発本部コンストラクションマネジメント部に至る。2000年より丸の内トラストシティの開発に携わった後、赤坂、神谷町などの旗艦ビルの設計に携わる。プライベートでは高校時代からベース、バンド活動をはじめ、大学では学内オーケストラに所属しながら学外部員として東京大学の軽音サークルで活動。現在でも4バンドを掛け持ちし、ゴスペルクワイヤにも参加するなど多忙な日々を送っている。8月に神谷町で行われたイベント「神谷町サマーフェスタ」では、森トラストの社内バンドとして出演した。